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プレイバック天下市 あとがき

 2012-02-19
長い期間があいてしまいましたが、このブログをもってようやくすべての天下市報告を終えて、名実ともに委員長としての任を解かせてもらおうと思います。
(それがイヤで報告が遅れたワケではございません m(_ _)m)

そんな最後に、ちょっと思うところを書かせてください。

さっきのブロクでも触れましたが、僕仕切りの委員会運営はなかなかスムーズに行きませんでした。
そんな状況をみていた部長や先輩部員たちが裏でコソッと手を回して、僕の小・中の同級生で
僕を商工会に勧誘した増尾嘉太(ヨシタカ)に連絡して、僕を励ますように言ってくれてました。
ヨシタカ本人も周囲から伝わる俺のことが心配だったようで、毎晩のように電話を掛けてくれました。

「今年は健ちゃんが委員長なんだから、バーッとやりたい事をやれば良いじゃん」
とか
「委員長なんだからもっと偉そうにして部員を巻き込んじゃえば良いんだよ」
とか言ってたっけ。


青年部への在籍期間が現役中で(恐らく)一番長いヨシタカだけど、俺の入部直後から、
本人は会合には全く顔を出すことなく、せいぜい天下市の3日間にチラっと顔を出す程度。
「俺はアタマ悪いから、そういうこと(会合)は健ちゃんたちに任せるよ!」
それがヨシタカの口癖だったかな(笑)。
おまけに昔から仲の良かった先輩部員たちが卒業で抜けていくにつれ、近年は天下市にすら顔を出さなくなってました。

そのくせ、心配で掛けてきたはずの電話では
「車椅子の人にもちゃんと来て貰えるようにしなきゃダメ!」
とか言って、くにたちのことや天下市そのものについては人一倍いろんなことを考えているヤツでした。

「そういったこと考えてんなら、ちゃんと会合に出てこいよ」
電話で励まされながら、こちらからも何度も説得してみたけど、やっぱりダメでした。

そんなアイツが今年は3日間、天下市本部に顔を出してきた。
あとから人づてに聞いたら
「やっぱり健ちゃんが心配だったから」だって。悪かったな!!



天下市というものは僕ら国立市民にとって、小さいころから毎年楽しみにしてる年に1度の最大のお祭だけど、どうしても中学・高校と上がるに連れてその足が遠のいてしまうものでした。
自分自身がそうだったんだから間違いないです。
でも、青年部に入部して天下市の運営に関わることになり、なんとかもう一度同級生のみんなにも遊びに来てもらおうと、去年は卒業以来の中学同窓会を自分で幹事をやって開いてみたりもしました。

そのかいもあってか、多くの同級生が当日の3日間に遊びに来てくれました。
同級生のプロカメラマン 加藤アラタ もそんなひとりで、十数年ぶりに天下市に遊びに来てくれて、僕の写真も撮ってくれたりしました。

そんな中で、アラタはなんの気なしにヨシタカの写真も撮って帰っていきました。
俺を青年部に誘った張本人で、しかも天下市当日のくせに青年部ジャンパーを着ていないのが気にくわないけど(笑)、お祭り大好きでシャイなアイツらしいちょっとはにかんだいい写真です。

Yoshitaka_cl.jpg
2011/11/6 国立 大学通り天下市会場にて 加藤アラタ撮影




そんなヨシタカは先日不慮の出来事で亡くなってしまいました。

日中の突然の彼の訃報の後、深夜にアラタによってFaceBookにUPされたこの写真、最初はいつ撮ったのかがわからなかったけど、日付とテントの並ぶ背景を見て、天下市の時に取られたものだとすぐ分かりました。

Fecebookを通じてこの写真はウチの部長の目にも留まり、部長を通じてヨシタカの家族にも届くことになり、遺影として使われることになりました。
家族をはじめアイツを良く知る誰もが口をそろえて「ヨシタカらしい良い写真」と言われるこの写真。
くにたちのこと、天下市のことを人一倍心配して、オレのこともいろいろ気を遣ってくれたアイツに、大した恩返しは出来なかったけど、この写真を撮るきっかけをつくった。ってことでなんとか許してもらおうかな。。。


去年の天下市はヨシタカなしでは成り立たなかったと今でも思ってる。
初日の反省会のあと更にオレを近所の居酒屋 三幸 まで連れてって、オレの最後のモヤモヤをすっきり吐き出させてくれた。
「こんだけ泣けばもう大丈夫だと思ったよ」って言ってたけど、その通りだったよ。
本当にありがとうな。


もっとちゃんとお礼を言いたかった。
本部運営に忙しくて自分の娘も構ってあげられなかった時、娘と一緒に遊んでくれてありがとな。
天下市終了後も何度も声かけてくれたのに、毎度毎度すっぽかしちゃってゴメンな。。。

ヨシタカ。
本当にありがとう。
永い間の青年部活動お疲れさまでした。
そしておやすみなさい。
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プレイバック天下市(女川町&東日本復興支援)‏

 2012-02-19
第46回の天下市を振り返るにあたり、東日本大震災の復興支援は僕の中ではなんとしても開催させたいことでした。

「震災から半年以上たち、義援金などの支援の手や震災そのものへの風化が起きてしまうのではないか」
という懸念があり、委員長の独断と言われようが、なんとか復興支援を軸にした天下市を開催したいと震災直後から考え続けていました。

とはいえ、「商業祭たる天下市で復興支援というのはちょっと違うんじゃないか?」と言った声も聞かれたり、具体的に何かしようにも被害に遭われた地域にはなんのつてもなかった自分には、多くのハードルが立ちはだかっていました。

そんな中宮城県の女川町商工会(青年部)とのパイプを作り出せたことは、この委員長経験の中で唯一にして最大の収穫だったのでは?と思っています。

なんとか女川町商工会さんに天下市への来場(物産の出品など)の確約はいただけたものの、イベントの内容についての話し合いが上手く進まず、振り返って思えば売り物どころか、生活そのものを失った方々に対して、見ず知らずの土地のお祭りに出てきて「何かモノを売ってくれ」というお願いは、無茶を通り越して迷惑だったのではと、頭を抱える日々でした。

それでも、女川町商工会の理事でもある宮元伸成さまのご協力も得て、当初イメージに近いかたちで
震災の風化を防ぐための写真展
DSC_0097.jpg

そして
地元経済の復興に向けての物産展
CIMG1891.jpg

という2本の軸を持った「東日本大震災写真展&宮城県女川町物産展」を無事開催できることが出来ました。
DSC_0073.jpg


このイベントの開催にあたっては実際に天下市までご来場いただいた女川町商工会青年部の宮元潔さま、青年部担当の事務局員澤谷喜昭さま。
遠方よりのご来場、また当日の語り部としてのお役目、本当にお疲れさまでした
CIMG1902.jpg
国立在住の女川町出身者の方と談笑する澤谷さん

そして、物産の協力並びに仲介を頂いた前出の宮元商店の宮元さま、女川産のサンマを昆布巻きにした リアスの詩 をご提供いただいたマルキチ阿部商店の阿部すが子さまには改めて御礼申し上げます。

また、イベント開催にあたり震災ボランティアチーム『災害支援チーム零』より加藤悦子さま、川畑雅代さま、畔田和弘さま、赤羽根恵久美さま、野村裕一さまには3日間の物販スタッフとして、また、震災ボランティアとして実体験の語り部として多くのご協力をいただきました。
大変遅くなりましたが、ここでお礼を述べたいと思います。
誠にありがとうございました。


写真展では被災直後の写真を大きく引き伸ばし、少しでも多くの来場者の目に留まるようにして、足を止めて話を聞いてくれた方には、被害の状況(スケール)を国立に当てはめるなどして、実感してもらうことに努めました。
0001.jpg

また、女川町青年部の鈴木康仁部長のご協力で頂いた震災直後の写真と、宮元さまのご協力で頂いた震災前の、ほんとうに綺麗な港町だった女川町の写真を並べて展示してみました
2010/11/21
2010/11/21撮影 宮元さま提供
2011/3/14
2011/3/14撮影 鈴木部長提供
2011/10/23
2011/10/23撮影 委員長撮影



僕自身も2度女川町には訪れましたが、震災から少しは時間が経ってからのことだったので、直後の酷さや、なにより、綺麗だった元の町の様子すら見たことなかったのでそのギャップに愕然としました。
そして、そんな綺麗だった町が広範囲にわたって更地となってしまった現状を知ると、そこで生活をしていた方々へ掛ける言葉が今も見つかりません。
CIMG1791.jpg

「震災はまだ終わっていない。復興に向けてはまだまだこれから」
展示された写真を見て少しでも多くの方がそう思っていただけたら幸いです。




さて、このように多くの協力を得て開催することができた復興支援イベントでしたが、来場者さまの多くのご理解やご支援ならびに、出店者さまからのご理解をいただき多くの義援金を集めることが出来ました。

今回の趣旨にご賛同いただいた多くの出店者さまからの寄付金、並びに会場内に設置した募金箱での募金を集計した
399,299円
を国立市商工会青年部(天下市実行委員会)として、国立市を通じて日本赤十字に寄付させて頂きました。
(天)出店者義援金..
国立市への寄贈の様子(2012/1/30 国立市役所にて)
(右から 佐藤かずお市長、北島委員長、白神青年部長、坂元副委員長、鮫島事務局員、大谷副部長)



また、復興イベントにおける物産展の経費を除いた全売上金と、テント内に設置された募金箱での募金を集計した
219,641円
は、国立市商工会より、宮城県女川町商工会へと直接寄付させて頂きました。
復興に向けて少しでもお役に立てていただけたら嬉しく思います。

ご協力をしていただいたすべてのみなさまに、改めて御礼申し上げます。





あれからもうすぐ1年が経とうとしています。
できるだけ女川町をはじめとした各地の様子を耳立てて情報収集しようと努めていますが、TVなどのメディアではその時を振り返る特集や記事は見ることがありますが、数えるほどになっているような気がしています。

`震災後1年’を機にまたこれから少しは報道が多くなるかもしれませんが「今、どうなっているのか。何が必要なのか」といった報道なんて現状ほとんどありません。

個人的には女川の方々のtwitterを勝手ながらフォローさせてもらい、コンテナ村(仮設商店街)の様子やそこに施されたイルミネーションのことなどを目にし、復興に向けて頑張っている様子を見て、元気をもらっている(^^)v。そんな感じです。

1日でも早く復興を遂げて、綺麗に生まれ変わった女川町を見るまでは、天下市や青年部は関係なしに、個人として支援の手を少しでも差し伸べ続けて行きたいと強く思っています。
女川町の状況が許されるのなら、今年にでも`おながわさんま収穫祭’に遊びに行って「リアスの戦士 イーガー」のショーを見に行こうと思ってます。
(昨年マリンパルおさかな市場で購入させてもらったシーズン物のサンマは大きくて本当に美味しかったです)

長くなりましたが、女川町をはじめとした被災各地の1日でも早い復興を願っております。

プレイバック 天下市(2011/11/04~06@国立)

 2012-02-18
あっという間にもう3ヶ月も経ってしまいましたが、報告も含めて天下市のことを(今さらながら 汗)振り返って見ようと思います。



この第46回は最終日のお昼前後にあいにくの小雨に見舞われたものの、その予報も手伝ってか初日・2日目から大賑わいでした。
CIMG1893.jpg


開催前日、チャット上では先輩部員たちがある事ない事冗談言い合いながら、「開所式の挨拶、キンチョーするなよ~」なんてプレッシャーいっぱいのありがたいお言葉を掛けてくれてましたっけか!
そんな激励を横目に、他にも準備しないとならないこともあったので、結局初日の開所式の原稿ができたのが夜中の2時過ぎ!
歴代の先輩委員長たちはみなさんしっかり挨拶を暗記していたんだけど、さすがに全部暗記は厳しかったなぁ。。。

そんな挨拶は自分のカラーを出したかったんで、ちょっと変わったことをやってみました!
直接的に出店者のみなさまにも声を届けたかったので、テントに向かってマイクを使わず大声出しちゃいました(^^ゞ
(「マイクのほうがしっかり届くよ~!」とか、忘年会でみんなからイジられちゃいましたけどね!)
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とにかく自転車問題に振り回された今回。
初日はおろか前日から自転車整理に慌てていて、初日も開所式終了直後から駐輪場に呼び出されちゃいました。
おかげで初日11時からスタートのFM生放送`FMたちかわ生特番 KUNITACHI TENKAICHI-LIVE ’のオープニングゲストに欠けるというハプニングも(驚)!
MCの川久保秀一さんとのオープニングトークを3年間楽しみにしてたのに、何やってんだかなぁ。。。( ;∀;)
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「部長、フォロースミマセンでした。。。」

ポニーは今年も大盛況!!
国立というちょっと都会な土地のど真ん中でこういった動物と触れ合えるチャンスはなかなか無いので、「いい企画を展開してるよなぁ~」って自画自賛!(笑)
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過去の天下市で3日間、通しで同一のイベントが開催されたことがなかったと記憶してますが、委員長の独断から始まり部員の総意で開かれたイベント
`東日本大震災写真展&宮城県女川町物産展’については、皆様からお預かりした義援金の報告も含めて別枠で報告させて頂きます。
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『買って当てよう抽選会』もテッパンの盛況ぶり!
ただ、目玉の一つの`実行委員長賞’の携帯ゲーム機が姪っ子にあたってしまったのは、ハプニングと言うかご愛嬌ということで・・・(;・∀・)

モーターショーでは天下市初?!の『新車1台ご成約!!!』の報も届いて参りました~~!
「継続は力なり」なり~~~!!(^o^)v
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2年目の`天下市マトリックス’はtwitterそのものが広く一般に認知されてきたこともあってか、初日のお昼ころには『トレンドワードに`天下市’がピックアップされていた!』っていうのは驚きでした~~(゜∀゜)
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様々なメディアミックスを進める天下市では、地元のCATV`JCN マイテレビ’さんが事前のスポットCMに加え、初日の様子を収録した特番も放送してくれました!
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アナウンサー&学生女子アナと国立にゆかりのある芸人さんが来てくれました!

自分が(実行委員長として)主役でTVに出るなんて、思っても見ませんでしたが、ホントいぃ体験をさせてもらいましたわ~!
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なんか、したり顔してません、この委員長ったら。。。

そんなこんなの盛りだくさんのイベントも企画できたおかげかどうか、今年も多くのお客様にご来場いただきました。
というより、多くの来場をいただきすぎて、会場内で人の渋滞が起きてしまうというアクシデントも!!
緑地帯への避難や実行委員の誘導に従っていただくなどの、皆様のご理解ある行動で幸いなことに大事には至りませんでしたが、一歩間違えば大ケガが起きていた可能性も。。。
46回の歴史の中で、こういったことは初めてでしたが、それだけ多くの方々にご来場いただいている証拠の裏返しですので、次回以降はしっかりとした対応を心がけたいと思っています。

また今回は駐輪場の用地確保が上手にいかず、やむなく会場内の一部を開放したものの整理も十分に出来ず、来場いただいた皆様にも大変ご迷惑をお掛けしたと思います。
今年は去年の反省を踏まえ、これらをクリアした『買い物しやすい天下市』をしっかり準備できるよう、同日開催の一橋祭や市民まつりと協力して、実行委員会としてもしっかり議論を重ねていきます!

また、「今年(第46回)は露天商は出ないの?」といった声もちらほら。。。
直接的には天下市とは関係のない中で、一橋祭や市民まつりはもちろんのこと、露天商も含めて国立の秋のお祭りを賑やかしてくれていることを考えると、団体・組織を超えたみんなで話しあってなにかいい方向性を見いだせていけたら良いのかなぁ、、、と独りごち。




天下市実行委員長というのは歴史ある国立の中でも過去40数名しか経験のできない責任重大な立場で、当然にプレッシャーもありました。
委員会運営(会議)もうまく行かないことの連続で、部長をはじめ青年部のみんなにも大変な迷惑を掛けたと思ってます。
でも、こんな委員長でしたけど、副委員の3人を筆頭に青年部、国立市商工会の事務局さんたちが支えてくれたおかげでそれなりに自信も出てきて、後半はなんとかカタチになって天下市当日も3日間大きなトラブルなく終えることができたかと思ってます。
委員長でなければできない体験も多くあったので、終盤(10月中旬)からはプレッシャーよりも様々なことを体験できる事の楽しさの方でいっぱいでした!!

こうして振り返ってみると「こういうこともできたかなぁ」とか「ああすればよかったなぁ」といったことはいっぱい出てきますが、それも含めて1度きりの『天下市実行委員長』なので、それは思い出としてとっておこうかと思います。


今年ももちろんやります天下市。
大切なことはキチンと引き継いだので、あとは 第47回天下市 実行委員長 にお任せしま~す。
角田さん、頑張ってくださいね~
最後になりましたが第46回天下市に関わったすべての皆様、本当にありがとうございました。
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2011/11/6 天下市終了直後

平成24年2月19日
第46回天下市実行委員会 委員長 北島 健太郎
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